(2008年10月28日号)  PDF版

主な記事から
 三十?分の七を堪能する  ピクニッケとはなにか  絶望と闘うとは

敢えて女子生徒の羞心について考察する
 先日、総合誌の書籍広告欄を見ていたら、春風社という版元が、『ブルマーはなぜ消えたのか』
という気をひく書名の広告を出していた。著者は中嶋聡という精神科医である。
 ブルマーの消滅については、わたしには語るべき記憶がある。それは二十五年前、N高校をそ
の春に卒業したスタッフが、雑誌を返品していた最中に突然「N高校では、わたしたちの時に頑張
ってブルマーからショートパンツに替えた」と言い出したのだ。今考えると唐突ということもないわ
けで、多分愚かなわたしが彼女が先の言葉を言い出すきっかけを作ったのではと思うが、その時
は、ただただびっくりした。生徒の意思がこううまく通るものなのか? また彼女等の自治の力に尊
敬の念を抱いた。わたしの出た高校では、このようなまとまった行動はなかったからである。
 でも、この時は驚きすぎて気が付かなかったが、この書名から察するにブルマーの消滅は全国
的な動きであって、ちゃんとした「なぜ」があったのだ。
 本書によるとブルマーの起源は一八五一年にさかのぼるが、問題になる化繊ブルマーは東京オ
リンピック以後、足が長く見えて格好いいというファッション性と、体にまとわりつかず動きやすいと
いう機能性が評価されて七〇年代から二〇〇〇年頃の消滅まで一般的な体育着だった。
 消滅をもたらした一番の要素は女子生徒の羞恥心である。でも羞恥の感情は以前からあったの
に、なぜ最初の二〇年間は問題にならなかったのか? ひとつには羞恥心を公に表明することの
抑止力が働き、その抑止力に社会的合理性が認められていたからだ。もうひとつは羞恥心を堂々
と表明することを促進する力が働いていなかったからである。
 だが、このふたつの力は九〇年代の中頃から急速に衰えを見せる。その原因は、それ自体がネ
ガティブな方向に働く力である羞恥心を軸として、ふたつの力の源泉となっていた規範性と、それ
と対抗概念としての人権との綱引きにおいて、前者が弱まり後者が強まったことである。うーむ、
ブルマーの消滅は人権問題だったのか! でも著者はこれに対して異議を申し立てる。本当に羞
恥の感情は人権に属するものなのか? 新しい規範の登場によって失われたものがあるのではな
いか? 精神科医としての考察がつづく。
 そういえば、われわれは羞恥心に対して免疫がなくなってきてはいないか? 最近のお笑いブー
ムを見ているとどうも恥をかくヒトと笑うヒトの分化が激しい。「羞恥心」なるグループも登場し、この
ことは個人の感情の力が弱体化している証左だと感じた。 (蛙)
ブルマーはなぜ消えたのか ブルマーはなぜ消えたのか
中嶋 聡 著
●春風社 
●201P 
●ISBN 9784861101038
●税込1,365円

三十?分のを堪能する
 行って参りました。「フェルメール展〜光の天才画家とデルフトの巨匠たち〜」。世界に三十数
点しか真作が確認されていないフェルメールの絵画が一挙七点、上野は東京都美術館に集結。
 行ったのが日曜日だったということもあって、ものすごい人出。あまりのことで、他のデルフト派
画家たちの作品は泣く泣く割愛し、フェルメール七点を集中的に鑑賞することに。
 順路に従って最初の二点は宗教画で、意外にサイズが大きいのに驚く。画集でしか知らない画
家の展覧会に実際に足を運ぶ醍醐味はこういうところにある。
 あとの五点がいわゆるフェルメールらしい風俗画で、≪ワイングラスを持つ娘≫の女性が纏って
いる赤いドレスの質感の素晴らしいことといったら。≪手紙を書く婦人と召使い≫では、画面の手
前にあるカーテンなんて本当に引けそうである。
 個人的に最も惹かれたのは≪小路≫で、建物のレンガの描法の緻密さと、空の青さに目を奪わ
れた。プルーストが世界で最も美しい絵画と呼んだ≪デルフト眺望≫を思わせる佳品だ。
 会期は十二月十四日まで。集英社新書『フェルメール全点踏破の旅』がハンディで、旅の共に
ちょうどよい。 (沢)
フェルメール全点踏破の旅 フェルメール全点踏破の旅
朽木 ゆり子 著
●集英社 
●250P 
●ISBN 4087203581
●税込1,050円

しい筆の裏の不穏な王朝劇
 マリーアントワネットにエリザベート皇后。日本人にもお馴染みの悲劇の美女を生んだハプスブ
ルク家。13世紀から650年にわたり王朝として栄華を誇ったハプスブルク、彼らを描いた名画か
ら読み解いていく『名画で読み解くハプスブルク家12の物語』。
 狂気の愛を貫いた王妃、政治を省みず「オタク」的探求にのめりこむ王、母に見捨てられた英雄
の息子、そして異国で散った王妃等々、濃密な人生を生きた彼らはどこまでも魅力的。
 美しい絵画と、その裏に潜む愛憎劇に酔いしれる一冊だ。 (晶)
名画で読み解くハプスブルク家12の物語 名画で読み解くハプスブルク家12の物語
中野 京子 著
●光文社 
●206P 
●ISBN 9784334034696
●税込1,029円

タイトルにかれました。
 こんなことが出来るなら、もっと早く教えてくれればいいのに・・・と思わず買いました。結論から
言うとラクをしたかったから。ポイントを突いて努力をしなさい、ラクをしたいのならその分の工夫
を考えなさい、と言っているようです。
 さらに10章に分けられ、著者自身の経験から得られた身近な問題やエピソードに基づき、どう
考え、どう対処してゆくかが説得力ある語り口で書かれています。昔からの優れた知恵や一流と
言われる人の考え方等、利用できるものは積極的にマネをして、人の力も借り、すべて一からや
り始めるのは愚かだとも言っているように感じました。
 こんなことならチョットしたビジネス書を読めばいくらでも書いてあると思われる方もいると思い
ますが、チョットしたビジネス書とも違うので、『ラクをしないと成果は出ない』はぜひ買って判断し
てみて下さい。 (加)
ラクをしないと成果は出ない ラクをしないと成果は出ない 仕事の鉄則100
日垣 隆 著
●大和書房 
●237P 
●ISBN 9784479792369
●税込1,500円

休日は法のブランケットに乗って
 「アラジンと魔法のランプ」に出てくる空飛ぶ絨毯は、アラジンとお姫様を世界のあらゆる場所
へ連れて行ってくれた。しかしまぁ、手元に魔法の絨毯がない一般市民は、どこへ行くにも機械
か人力である。しかもガソリン高騰やら物価高やらで、何となく出不精気味・・・。そんな籠もりが
ちな気持ちをぐっと外に向けてくれたのが、『東京ピクニッケ』だ。ゴハンの入ったバスケットを持
ち、東京中の公園を一年間にわたってピクニックした“ピクニッケ団”による、新・東京公園ガイド
である。
 ピクニッケ、とはフランス語で「ピクニックする」という動詞だそうな。屋外で使うピクニックブラン
ケット(敷物)は、普段の何気ない食卓を、とびっきりの景色の中に連れ出してくれる、さながら魔
法の絨毯である。
 一際目を引くのは、やはり美味しそうなゴハンの数々。テイクアウト可のご馳走マップとしても
おもしろい。
 もちろん、特別にあつらえたお弁当でなくてもいい。いつもの不恰好な、でもほっこりおいしいお
にぎりと、熱熱のお茶をつめた魔法瓶を持って近所の公園へ。これだって立派なピクニッケだ。
 秋晴れに、紅葉が美しい季節がやって来た。「寒いよぉ」と家に籠もるには、まだ少し時間があ
る。週末、天気予報が快晴を保証してくれたなら、ピクニッケ団を真似て、ブランケットのご用意
を。 (小)
東京ピクニッケ 東京ピクニッケ
プロジェ・ド・ランディ 著
●白夜書房 
●111P 
●ISBN 9784861914577
●税込1,500円

なぜ君は絶望とえたのか 本村洋の3300日
 九年にも及ぶ、「光市母子殺害事件」の報道を見るにつけ、私はずっと不思議だった。被害者
遺族、本村洋さんのことである。
 平凡な一会社員が、ある日突然、最愛の家族を無残な形で奪われた時、過酷な現実から逃げ
ることなく、あんなにも強く、闘うことができるものなのだろうか・・・? その答えは一冊の本の中
にあった。
 絶望の淵を漂う、無力な青年が、メディア、そして法曹界さえも大きく揺り動かし、実直な信念で
世の中を突き動かしていく様は、きっと誰もが予想し得ぬことであったろう。しかしそれは孤高の
闘いではなかった。復讐しか生きる意味を見出せなかった本村さんを温かく見守り続けた人々の
励ましが常に側にあった。
 白眉は、本村氏が辞表を提出した際の上司の言葉、「労働も納税もしない人間が社会に訴えて
も、それはただの負け犬の遠吠えだ」「君は社会人たりなさい」。
 本書は「正義は必ず勝つ」ということを教える本ではない。本村洋という人間が九年の歳月で経
験した、あまりに特異な体験を、彼を取り巻く人々をも含めて真摯に見つめ続けた真実の記録で
ある。
 涙なしでは読み進められないが、間違いなく日本人全ての必読の書である。 (坂)
なぜ君は絶望と闘えたのか なぜ君は絶望と闘えたのか 本村洋の3300日
門田 隆将 著
●新潮社 
●255P 
●ISBN 9784104605026
●税込1,365円

源氏物語の都案内
 今年は源氏物語が誕生して千年ということで、関連した本が多く出版されています。その中でも
オススメなのが、本書。
 源氏に少しでも興味のある方でも、原文、現代語訳はちょっと、という方、京都ファンの方にぴっ
たりです。五十四帖を各四ページで、あらすじ、登場人物の相関図と読みどころ、関連した、また
は連想される京都の観光スポットと京菓子(写真付き)を紹介しています。
 現代語訳の読み比べ、瀬戸内寂聴の宇治十帖エッセイも収録。気になる現代語訳を読んで、京
都に行ってみたくなりました。 (万)
源氏物語の京都案内 源氏物語の京都案内
文藝春秋 編
●文藝春秋 
●319P 
●ISBN 9784167217822 
●税込780円

はまるミステリ
 講談社YA!のシリーズで綾辻行人の『十角館の殺人』が発売された。懐かしい・・・。この本が
きっかけで、学生だった私はすっかりミステリ好きになったのだ。
 建築家・中村青司が建てた十角形の奇妙な館。島に建つその館で大学ミステリ研の学生が一
人、また一人と殺されていく。簡単にあらすじを書いてしまえば、よくあるミステリのように思える。
私もアガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』のようだなと思いながら当時は読んだ。しかし
予想をあっさり上回った。今までにないトリック、大どんでんがえし。そして、ラスト近くの衝撃。
 あれから何年も経ったが、あんなにドキドキしながら読んだミステリは残念ながら、まだない。
これが綾辻行人のデビュー作だというから脱帽だ。
 今からミステリを読んでみようと思っている人は是非読むべきである。。 (米)
十角館の殺人 十角館の殺人
綾辻 行人 著
●講談社 
●363P 
●ISBN 9784062694001 
●税込1,029円

風の谷のあの人は今
 「なんどめだナウシカ」
 人気ドラマ「トリック2」の中で、書道教室に通う子供が半紙にこう書き付けるシーンがあります。
思わずそう言いたくなるほど『風の谷のナウシカ』は繰り返しテレビ放送されており、一番好きな
映画は「ナウシカ」という人も少なくないでしょう。しかし、その物語に続きがあるということは意外
と知られていないようで、私自身、書店に就職して初めて知りました。
 映画公開から10年後に完結した原作コミックは、全7巻セットで2,780円というお手ごろ価格
ながら、圧巻の読みごたえ! 映画監督・宮崎駿は優れた漫画家でもあるのです(ご本人は才能
ナシと語っていますが・・・)。映画の内容は2巻の途中までですが、細かな設定も異なっており、
単純な続編ではありません。風の谷に留まらず世界を救うべく戦うナウシカの姿や腐海誕生の
謎など、映画では語られなかった「ナウシカの真実」が詰まっています。
 崖の上も良いけれど、この秋、久しぶりに風の谷に出掛けてみませんか。 (都)
風の谷のナウシカ(アニメージュコミックスワイド判)  7巻セット 風の谷のナウシカ(アニメージュコミックスワイド判)  7巻セット
宮崎 駿 著
●徳間書店 
●7巻セット 
●税込2,780円


クルーグマンのノーベル経済学賞受賞をよろこぶ
 故森島通夫は以下のことを言っていた。賞の選考は実際の経済の影響下にあるので、どうして
もフリードマンに代表されるアメリカ経済の旗振り役のような人物に偏ってしまうと。
 今年の受賞者のクルーグマンは旗を収める立場の人物で、ゆきすぎた金融経済に警鐘を鳴ら
している。
 翻訳された書も多く、書店にとっても喜ばしい。 (蛙)

 編集後記
 恥をかくことの分化による個人の感情力の弱体化について書いたが、それは絶望と闘う力につ
いても言えると思う。
 本村氏の行動が物語として消化されないことを望む。