 |
(2011年9月15日号) PDF版 |
|
|
主な記事から |
地形図を作り始めたのは 過去の自分に教えたい 祝!ベルリンフィルデビュー |
|
 |
 |
 |
|
知と情 −宮澤喜一と竹下登の政治観− |
歴史の本を読んでいてどうも苦手なのは、権力の簒奪の後の殺し合いである。特に源頼朝と
|
足利尊氏。それぞれの政権の初期段階は身内の殺戮の連続である。いったい頭の中はどうな |
っていたのやら。 |
幸いオーラル・ヒストリーの第一人者 御厨 貴が、宮澤喜一と竹下登の対比列伝を上梓した。 |
現代の権力者を研究すれば、頼朝、尊氏に近づけるかもしれない。 |
宮澤喜一は1919年、竹下登は14年生まれの5歳違い。二人は総理を争った経緯から同時 |
代の政治家と見られているが、宮澤の方が20年近く早く政治の中心にいる。宮澤は20代の時 |
から吉田茂や池田隼人の秘書官として日本国家そのものと関わっているのだ。一方竹下は、宮 |
澤がサンフランシスコ講和会議に全権随員として出席した時には、島根県会議員として政治活 |
動を始めたばかり。エリートと元県会議員、全く対照的な二人だが、二人の頭の中はどうか。 |
宮澤は政権末期、経済の停滞に対して手が打てず、週刊文春で「総理、あなたは屁のような」 |
と見出しをつけられたことがあるが、当時を次のように述懐している。「それなら、いつ、どうして |
おけばよかったんだということが、なかなか私には、今になって考えてもわからないんです」また |
「我も説明できない、彼も説明できない」とも言っている。ここで宮澤は、プラザ合意以後の自身 |
の最終的な役割を国際経済、金融と日本の政治とのダイナミクスという側面に引きつけ、政治の |
役割が極めて限定的になると語っているのだ。傍観者的というか、歴史家の視点で見ている。 |
竹下には、新潮文庫で『われ万死に値す』というルポルタージュがある。書名は「言語明朗、意 |
味不明」と揶揄されたリクルート問題での国会答弁の一節からきている。陰湿な政治家のイメー |
ジを受けがちだが、本書で明かされるのは、「なるべくして総理になった」と思わせるほどの自民 |
党の政治システムへの理解である。また「ふるさと創生」をうたい、自治体ごとに1億円をばらま |
いた彼の政治的基準は意外にも、「声低く語れ」という思想にある。ノイジー・マジョリティには従 |
わず、サイレント・マイノリティに従うということ。総理辞任と引き換えに消費税を導入できたわけ |
がここにある。 |
こうしてみると「知と情」の二人は、理を重んじたプロフェッショナルな政治家であって「一角の |
人物」なのである。高度成長後の経済の停滞は二人の失敗が原因とは言えず、景気の変動の |
波の途中なのだろう。われわれは「床屋談義」で政治を語るべきでなく、政治家に安易にリーダ |
ーシップを求めずプロの有権者にならないといけない。 (蛙) |
 |
知と情 宮澤喜一と竹下登の政治観 |
御厨 貴 著
|
|
●朝日新聞出版
●254P
●ISBN 9784022508478
●税込2,310円 |
|
|
|
|
|
地図の空白には、いろんな秘密が |
「地形図を作り始めたのは、どの国もたいてい陸軍である」という一文で本書は始まる。たしか |
に現在地形図を発行している国土地理院の前身は陸軍陸地測量部である。 |
思えば新田次郎『剱岳<点の記>』の主人公 柴崎芳太郎は同部三角科に所属し、軍上層部 |
の厳命を受けて剱岳初登頂を目指すのであった。民間団体である山岳会に先を越されては面子 |
が立たない、といういかにも軍隊らしい考え方が根底にあるのだが、この場合は登頂成功をもた |
らし中部山岳地方の正確な地図が作成されたのだから良しとしよう。 |
しかし、一方で軍は奇妙な地図も作成している。一番顕著なのは防衛上重要な意味を持つ場 |
所を対象としたものである。軍港や要塞などがある地域の地形図はそもそも無いことになってい |
て、一般には入手できず、代替品として最小限の交通網だけを描いた「交通図」が発行されてい |
た。細部は大幅に省略され、軍事施設はあたりまえ、地形の手がかりとなる等高線や鉄道・道 |
路・トンネルなどが全く描かれないなど、徹底した秘密厳守と隠蔽がおこなわれていた。 |
もちろん軍が作ったのは防衛のための地図だけではない。「他国を侵略するにも、先立つもの |
は地図であった」と本文にあるとおり、台湾・満州・中国で日本軍が作った地図も実に興味深い。 |
詳しくは本書をお読みいただきたいが、一方敵国のアメリカはどうだったのか。日本軍があれほ |
どひた隠しにしてきたはずの軍事拠点も、米軍は戦時中から正確な地形図を作成し、効果的な |
爆撃をおこなった。向こうが何枚も上手であったと言うしかない。 |
まるで、剱岳初登頂が実は柴崎測量隊ではなく、千年も昔に修験道の行者によって開山され |
ていたように、と言ったら言い過ぎか。 (健) |
 |
地図で読む戦争の時代 描かれた日本、描かれなかった日本 |
今尾 恵介 著
|
|
●白水社
●263P
●ISBN 9784560081181
●税込1,890円 |
|
|
|
|
|
NO! 宗教への無関心 |
世界の主な宗教の入門書は数あれど、手軽に手に取れるものは日本人の視点から解説した |
ものがほとんど。 |
本書は、各国で使用されている教科書を資料に、各宗教信者の目から見た別の宗教像を紹 |
介した新しい発想の宗教入門書です。 |
その国の歴史ならではの価値観で構成された教科書は各国のリアルな宗教観を味わうこと |
ができます。そして他宗教同士を認め合おうという方針は紹介された欧米・アジア9ヶ国の教科 |
書全てに共通しています。 |
宗教に無関心であるのは、人の価値観に無関心であるのと似ています。宗教は他人事、と思 |
う人に読んで欲しい一冊です。 (晶) |
 |
世界の教科書でよむ〈宗教〉 |
藤原 聖子 著
|
|
●筑摩書房
●191P
●ISBN 9784480688651
●税込819円 |
|
|
|
|
|
思い出さがして |
タイに旅行に行った時のこと。一日ガイドを頼んだトンさんは、日本人ガイドなら考えられない |
フリーダムさで私と友人を唖然とさせた。ガイドにしては寡黙なこのオジサンはアユタヤ遺跡を |
案内中突然座り込み、雑草の種を黙々と拾いはじめたり、「ココデ1時間解散!」と言って一人 |
で長い棒きれを持って草むらにいっちゃったり、王様所有の鯉の池に巣くっているスッポンの方 |
にエサをやったり、まるで小学生男子・・・。挙句の果てに、私に手を出せというので出したら、さ |
っき拾った種をパラパラのせて、その上からペットボトルの水をザブザブかけると種は「パン!」 |
と爆発して全部どっかにとんでいってしまった。「ぎゃあ!」と叫ぶ我々を見て彼は爆笑してい |
た。おいおい・・・。がしかし、私達はトンさんの自由っぷりに心を奪われ、途中から密かに彼を |
「師匠」と呼ぶように・・・。あのトンさんは元気だろうか。 |
なぜこんな思い出話かというと、この『メモリークエスト』という本はそんな誰かの“記憶”にま |
つわる人やモノ探しを辺境作家の高野秀行さんがうけおってくれる一風かわったプロジェクトの |
記録なのである。世界にはトンさんを上回る驚愕エピソード人間がたくさんいて、高野さんの手 |
にかかれば彼らは地球の“お宝”のように見えてくる。 |
作者の探索物を追うひたむきな姿がなぜか笑えて、つまらないことでウジウジ悩むのがバカ |
らしくなり、元気が出てくる。そんな力を秘めた一冊。 (兼) |
 |
メモリークエスト |
高野 秀行 著
|
|
●幻冬舎
●364P
●ISBN 9784344417038
●税込680円 |
|
|
|
|
|
大きくなったら何になる |
今年も“14歳の挑戦”の受け入れをした。今年の生徒たちは皆、一生懸命取り組んでくれた。 |
書店は休む暇がなく、実は肉体労働だと感想をくれた子がいた。その通り! |
世の中にはいろいろな職業がある。なりたい職業を知る、その職業に就くには何が必要かを |
知る、ということはとても大事だ。 |
突然、話は変わるが、この間偶然、中学の同級生と再会した。彼女は高校受験のとき、商業 |
科を選択した。どうして商業科を選択したのか、何かの折に聞いてみたことがある。彼女の答え |
は「私は事務職に就きたいから商業科に行く」だった。私はショックを受けた。なんとなく普通科 |
を選択した自分が情けなく思えた。そして15歳で将来を考えている彼女を大人だ、と思った。 |
まだ中学生、先のことはわからない。いずれ就職するときが来る。その時になってから考える |
のではなく、今から情報を集めるのはいいことではないか。 |
今更ながらに、『新・13歳のハローワーク』をめくりながら遠い過去の自分に、世の中を教え |
てやりたい気持ちになる。 (敏) |
 |
新・13歳のハローワーク |
村上 龍 著 はまの ゆか 絵
|
|
●幻冬舎
●561P
●ISBN 9784344018020
●税込2,730円 |
|
|
|
|
|
ある小さなスズメの記憶 |
戦時中のイギリス、バンガローに落ちていた瀕死のスズメと筆者キップス夫人との出会いがこ |
の記録の始まりだ。スズメはクラレンスと名づけられ、不自由な足と羽を持ちながらも夫人に大 |
切に育てられるようになる。 |
音楽の才能に恵まれたこのイエスズメはトリルや抑揚をつけた歌の練習を自発的に始める。 |
完成度は元プロピアニストの夫人も驚かせる程だったようだ。その他にも、トランプやマッチ棒 |
を駆使した芸を覚えたり、新聞の文字を砂と勘違いして砂浴びのふりをしたり、とにかくクラレン |
スの行動はユニークで、一般的なスズメのイメージを覆してくれる。 |
『ある小さなスズメの記録』という書名通り、感情をできるだけ抑制した文章でクラレンスの行 |
動は綴られている。それでも夫人のクラレンスへの思いは自然と伝わってきて、読んでいるこち |
ら側もあたたかい気持ちになる。 |
翻訳は『西の魔女が死んだ』で有名な梨木香歩。酒井駒子の装画に大久保明子の凝った装 |
丁が大変美しく、見ても読んでもうれしい豪華な一冊だと思う。 (矢) |
 |
ある小さなスズメの記録 人を慰め、愛し、叱った、誇り高きクラレンスの生涯 |
クレア・キップス 著 梨木 香歩 訳
|
|
●文藝春秋
●157P
●ISBN 9784163733005
●税込1,500円 |
|
|
|
|
|
指揮者 佐渡 裕 |
ピアノのレッスンよりも「マグマ大使」を歌い、その素晴らしさに熱狂した幼年期。近所のおばさ
|
んに「(仕事)何してんの?」 「新日っていう・・・(新日本フィルハーモニー交響楽団)」 「あぁ、プ |
ロレスね。」と言われた若手時代。 |
自称「音楽界の雑草」が世界的指揮者バーンスタインに「オレと結婚するか?」と言われた男 |
の修業の日々とは。 |
佐 「(公演)曲目まだ決まってない・・・」 |
バ 「そんならベートーベンの7番にせえ。」 |
バ 「オレが死んだら早すぎるよな。でもタバコは止められへんし、酒も止められへん。でも、ユ |
タカ、オレと今から禁煙せぇへんか?」 |
なんでバーンスタインが関西弁なんよっ!と突っ込みをいれながら読む、面白いエッセイ集。 |
「大人になったら、ベルリンフィルの指揮者になる」 |
小学校の卒業文集に書いた夢を今年5月、ついに叶えた佐渡裕。彼の夢の旅路の楽しみ方と |
は。 |
笑いながら、でも真剣に自分の道、夢を見つめ直す一冊になること間違いないです。 (麻) |
 |
僕はいかにして指揮者になったのか |
佐渡 裕 著
|
|
●新潮社
●260P
●ISBN 9784101335919
●税込500円 |
|
|
|
|
|
作家の太鼓判 |
言葉のスペシャリストとも言うべき作家が、リピートして食べたいもの、その食べ物との出会い |
が思い思いに綴られ、見ているだけでお腹がすいて口の中はよだれで一杯。 |
『日本の作家60人太鼓判!のお取り寄せ』は短文だからこそ伝わってくる、各々の食への姿 |
勢が面白い。津村記久子は石川県献上加賀棒茶がお気に入りだそうだ。 |
お取り寄せデビューしたくなる、60人の作家のお気に入り。遠出せずとも味わえるところもう |
れしい。 (山) |
 |
日本の作家60人太鼓判!のお取り寄せ |
小説現代編集部 編
|
●講談社
●135P
●ISBN 9784062166249
●税込1,365円 |
|
|
|
|
|
編集後記 |
実は尊氏以降は資料で、頭の中を推察することができる。尊氏は天皇後醍醐に背き、弟直義 |
を殺し、家宰高師直を殺害し、沈み込んでいたことがわかっている。気分が多少晴れた次第で |
ある。 |
 |
|