(2010年2月20日号)  PDF版

主な記事から
 ショックを受ける≪テツ≫  「断捨離」メソッド  みすず書房フェア開催中!

武満徹 自らをる。
 音楽の本の棚を見ていたら、武満徹の新刊が目にとまった。亡くなってずいぶん経つのにどう
したことかと内容を確認すると、1990年のロングインタビューを起こしたとのこと。
 わたしは生来音感がなく、中学時代の恩師に「音痴だが卑下する必要はなく、他の所で努力す
ればよい」とお墨付をもらってから音楽の世界とは無縁できたけれど、武満の文章だけは別で、
その文学の書き手とは違う次元から紡ぎだされる言葉の世界が好きである。彼の最初の著作で
ある『音、沈黙と測りあえるほどに』を片町の書店で購った時のことを覚えている。入り口にいた
髪の長い男性社員が、その本は二階の音楽の棚にあると即答したのである。初版から十年経っ
ていたにもかかわらず。
 『音、沈黙と測りあえるほどに』。書名だけで一つの音楽で、詩ではないか。今まで何度つぶや
いたことか。武満は文章ができあがってから奥さんに何度も読んで聞かせて推敲した。声に出し
て聞かせて、とは作曲家らしい。読者は読みつつ武満の声を耳にしているというわけだ。
 本書はインタビューだから著作よりも肉声に近づける。武満自身が語る音楽貧乏物語は戦後
の焼け跡の中を、音楽を求めてさまよい歩く少年の美しい物語である。開花すべき才能には音楽
の神様がついている。勤労動員で出会った中瀬という少尉が内緒でシャンソンのレコードを聴か
せてくれた。「聞かせてよ、愛の言葉を」である。それが大きなきっかけで少年は音楽をやろうと決
意する。
 中学を出て一人で暮らしを始めた少年は米兵からタバコとかチョコレートを買って銀座の米兵
相手のキャバレーに売りに行く。そこで知り合った米兵が「働きに来い」と横浜に誘う。そこにピア
ノがあるからという理由で少年は横浜に移る。
 貧乏物語は続くが、ピアノをめぐるエピソードが特に輝いている。ピアノを持たない武満は電車
の中で紙のピアノを開いて指を動かす。すぐ破れてしまうので何度もつくり直す。暑い夏の日、
彼のアパートに突然ピアノがやってくる。送り主は、面識はなかったが、黛敏郎である。
 ここまで急ぎ足で紹介してきたが、実際の武満の語りや文章は、流暢ではなく訥々した言い回
しがリズムを持って幾重にも迫ってくるというところがあって、いつの間にかゆっくりとした読書に
なってしまう。でも言葉の受容の速さとしてはちょうどよいと思う。 (蛙)
音、沈黙と測りあえるほどに 音、沈黙と
測りあえるほどに
武満徹自らを語る 武満徹自らを語る
武満 徹 著 武満 徹 著
●新潮社
●241P 
●ISBN 4103129018
●税込4,200円
●青土社
●152P 
●ISBN 9784791765096
●税込1,995円

まだ見ぬあの人にいを馳せてみる
 昔の技術・習慣というのは本当に我々に驚きと感動を与える。それを生き生きと伝えるのが柳
田国男『明治大正史 世相篇』。特に「恋愛技術の消長」は特筆すべき。昔は婚姻制度として若
者組・娘組というのがあって、それを通じて婚姻関係が結ばれていたというのだ。今で言う「合コ
ン」である。婚活ということばも耳にして久しいが、既にその当時からよく似たことが行われてい
た。昨今ハヤリのように言われる「今っぽいもの」も、実は中身をみてみると案外「今っぽくない」
のかもしれない。そう考えると、会ったこともない人たちにも何だか親しみが湧く。そういうふうに
色んな人が繋がっていけばいいのになぁとも思う。
 かく言う私も独身生活を謳歌する者の一人としてある種の危機感を覚える歳に入ってきた。本
書のような知遇を得るため温故知新でもって何か対策はないか、今から本漁りでもしてみようか
しらん。味も素っ気もなく埃をかぶるだけになる前に。 (池)
明治大正史  世相篇 明治大正史  世相篇
柳田 国男 著
●中央公論新社 
●438P 
●ISBN 4121600134
●税込1,470円

現代の大和絵師作 脱力系日常まんが
 近年の山口晃の活躍には目を見張るものがある。書店に関することに限っても雑誌「BRUTU
S」や「芸術新潮」に度々登場し、三浦しをん『風が強く吹いている』やドナルド・キーン『私と20世
紀のクロニクル』の表紙絵を担当、最近だと五木寛之『親鸞』の装画でお馴染みだ(しかし、あの
装丁ひどすぎ、山口さん泣くよ)。そして今度は水村美苗の新聞小説の挿絵をつけるという。
 そんなメジャーな仕事とは対照的に、ひっそりと続けられているのが『すゞしろ日記』だ。東京
大学出版会のPR誌「UP」のかたすみで連載中。筆者も単行本にまとめられるまで全く知りませ
んでした。いつもの山口作品にみられる大和絵タッチの緻密な描き込みとは打って変わって、単
純な線描で画伯の日常が綴られる。
 「大根と云う野暮ったい響きを、すゞしろと美しげに言いかえる様に、味気ない日常を賑やかし
く妄想する侘しさを題に託した」というが、なかなかどうして楽しそう。主要キャラである奥様がい
い味を出していて、ひどく描かれたことに怒って登場を拒否する回は爆笑もの。読者も「むはは」
と笑いたくなること請け合いだ。 (沢)
すゞしろ日記 すゞしろ日記
山口 晃 画
●羽鳥書店 
●159P 
●ISBN 9784904702000
●税込2,625円

大雪の中の
 みすず書房が元気である。『フロム・ヘル』、『サバイバル登山家』、『ピアノノート』の三冊の調
子がよい。白地の中央に絵のある表紙が瀟洒で、手にするだけで気分がよい。雪に映えるという
か、そういう理由で本店でフェアをすることにしました。 (蛙)
フロム・ヘル 上 フロム・ヘル 上 フロム・ヘル 下 フロム・ヘル 下
アラン・ムーア 作
アラン・ムーア 作
●みすず書房
●1冊 
●ISBN 9784622074915
●税込2,730円
●みすず書房
●1冊 
●ISBN 9784622074922
●税込2,730円
サバイバル登山家 サバイバル登山家 ピアノ・ノート ピアノ・ノート
服部 文祥 著
チャールズ・ローゼン 著
●みすず書房
●257P 
●ISBN 4622072203
●税込2,520円
●みすず書房
●227P 
●ISBN 9784622074892
●税込3,360円

寝台列車止にもの申す!
 ショックである。何がというと、春のダイヤ改正で、寝台特急「北陸」と急行「能登」が共に廃止
になるニュースを知ったからである。
 確かにここ数年、各地で寝台特急の廃止が相次いでいるが、以前とある所用の帰りに「北陸」
で帰ってきた際、週末金曜日とあってか、ほぼ満席の姿を見せているし、せめて新幹線が来る
までは走るものと思っていたので唐突感がある。廃止の理由は乗車率の低迷と車両の老朽化
にあるということだ。しかし著者の考えに沿うならば、それだけの理由ではなさそうなのである。
 乗車率が低ければ、新車両の製造にもコストは掛けられない。列車の夜間走行区間の停車
駅人員も必要となり費用対効果も低くなる。またJRに民営化された直後は、夜間だけでなく、
昼間にも客車列車が各地に存在していたが、現在はほぼ電車かディーゼルカーであり、電気
機関車やディーゼル機関車の運転士が、JR貨物を除いて少なくなってきていること、今後、若
手機関士を養成してもコストに合わない、などの裏事情もあるようなのである。
 ここまでなると、寝台列車に未来は無いような話になる。しかし著者は対策次第では、寝台列
車復権も可能であると前向きに説く。機関士がいないなら、JR貨物が運行すれば良い、または
寝台列車専門の運行会社を設立すれば良い、やらこの著者ならではの発想である。
 旅を楽しむ手段として、寝台列車は必ず需要があるはずなので、その復権の日を願わずには
いられないのである。 (倉)
〈図解〉新説全国寝台列車未来予想図 〈図解〉新説全国寝台列車未来予想図
ブルートレイン「銀河」廃止の本当の理由
川島 令三 著
●講談社 
●268P 
●ISBN 9784062145756
●税込1,680円

かがくいひろしの画展に思う。
 富山県射水市の大島町絵本館で開催されていた、絵本作家かがくいひろしの原画展に行って
きた。
 作者は昨年9月末、病気のため54歳の若さで急逝したが、彼の「遺作」はその後も各出版社
から刊行され、私たちを楽しませてくれている。
 今回の原画展では、『おもちのきもち』、『おむすびさんちのたうえのひ』2作品の原画を観るこ
とが出来た。パステル調の色彩とユーモラスなキャラクター。思わず「くすっ」と笑ってしまうよう
な面白さが作品から溢れ出している。絵本の形になった絵とはまた違う、原画独特の雰囲気に、
どの原画の前でも足が止まった。そしてその度に、かがくいひろしという絵本作家がいなくなって
しまったことをとても寂しく思ったのだった。
 かがくいひろしの絵本は、絵だけでなく、ことばのリズムもとても楽しい。代表作の『だるまさん』
シリーズは小さな子供への読み聞かせにぴったりではないだろうか。私的におすすめは『おしく
ら・まんじゅう』。お話のテンポもさることながら、オチがすごい(笑)。ぜひ、ご一読下さい。 (法)
おもちのきもち おもちのきもち おむすびさんちのたうえのひ おむすびさんちの
たうえのひ
かがくい ひろし 作・絵
かがくい ひろし 作・絵
●講談社
●1冊 
●ISBN 4061323237
●税込1,575円
●PHP研究所
●32P 
●ISBN 9784569686851
●税込1,260円
おしくら・まんじゅう おしくら・まんじゅう
かがくい ひろし 作
●ブロンズ新社
●1冊 
●ISBN 9784893094704
●税込1,029円

断捨離のすすめ
 ずーっと前「風水」が流行っていました。風水は“掃除してあること”が前提でした。数年前「収
納・掃除」が流行っていました。収納は“不要物がないこと”、掃除は“物が片付いていること”が
それぞれ前提でした。
 そしていよいよ“多すぎる持ち物”をどうにかしたい!という時が来ました。
 「断捨離」・・・断行、捨行、離行は心の執着を手放す行法哲学で、著者はヨガで知ったという
ことです。
 心の執着を手放す・・・というと何やら仏教めいていますが、とりあえずモノを捨てるための整理
術として「断捨離」メソッドを始めてみてはいかがでしょうか。。
 収納保存という「停滞」より、断捨離という「新陳代謝」がこの頃の変化の時代には必要です。
 まずは、もったいなくて捨てられない気持ちをラクにすることから始めましょう。心が身軽にな
れば、時代の変化もしなやかに対応していけるのではないでしょうか。
断捨離のすすめ 断捨離のすすめ モノを捨てればうまくいく
川畑 のぶこ 著
●同文舘出版 
●155P 
●ISBN 9784495586416
●税込1,365円

マラソン年生
 運動が苦手な作者が、マラソンビギナーからホノルルマラソンに参加するまでの一年間をま
とめたコミックエッセイです。
 ゼロからの体の作り方や、実際のマラソン大会の舞台裏。また、“まずは形からでしょ、と携
帯音楽プレイヤーを購入”、“走った後のビールは欠かさない”、“ご当地マラソンは温泉旅行
も兼ねる”などなど、楽しみながら続けることへの飽くなき探求は、たかぎなおこさんならでは!
 何か始めたくなる春を前に読んでおきたい一冊です。  (堀)
マラソン1年生 マラソン1年生
たかぎ なおこ 著
●メディアファクトリー 
●176P 
●ISBN 9784840130424
●税込1,155円

平成の阿房列車
 文豪内田百間は、用が無くとも列車に乗ってふらりと旅に出た。大義名分のない旅を百間は
「阿房列車」と呼んでいた。
 「負け犬・勝ち犬」などの流行語を生み出したエッセイストの酒井順子さんもまた、気ままな列
車旅行を愛する一人。ただし借金までして一等車に乗った百間とは違い、こちらはローカル線や
地下鉄など庶民的な列車に揺られる。
 車窓からの景色、お弁当の描写ににやり。昭和も今も、のん気な阿房列車は旅の楽しみを教
えてくれる。  (晶)
女流阿房列車 女流阿房列車
酒井 順子 著
●新潮社 
●245P 
●ISBN 9784103985068
●税込1,575円

想天外な科学実験ファイル
 科学実験。心惹かれる言葉である。ジャンルを問わず、古い時代の科学実験は目を引くもの
が多い。もちろんこの著書のタイトルから想像できる通り、中にはショッキングな内容の実験も
取り上げられている。ただ、そういった内容の実験も面白おかしく取り上げているだけではなく、
その後の科学史への影響や評価についても記述されている点は良いことだと思う。
 一時期ブームになった「モーツァルト効果」についての実験も紹介されている。直後に否定的
な実験結果が多く報告されたが、市場レベルではおかまいなしにブームが続いたこともあわせ
て記述されており、有名な実験の裏話としても面白い一冊だと思う。
奇想天外な科学実験ファイル 奇想天外な科学実験ファイル 歴史を変えた!?
アレックス・バーザ 著 鈴木 南日子 訳
●エクスナレッジ
●365P 
●ISBN 9784767807195
●税込2,310円

 編集後記
 高校の美術の恩師が、最初の授業、ベニヤ板に枠をつけ白いペンキを塗ってキャンバスを作
った際、「この先どんな絵を描いても、このキャンバスの白を超える白を描くことは難しい」といわ
れた。武満の『音、沈黙と〜』と並んで私を支える言葉である。