(2007年10月12日号)  PDF版

主な記事から
 佐伯先生ダウンす  蒼井優にみちびかれてシェイクスピアを読む  老人も暴走する

クラブで「寝てないんだ」と憮然として呟く作家も、
建築に 萌えるやつら。
 『広辞苑』にはまだ「その意味」での収載はありませんが、だいぶ一般的になってきた「萌え」。最近
では萌える対象もマンガやアニメのキャラにとどまらず、大変な広がりをみせています。
 『工場萌え』と『ダム』の二冊は、そのタイトルのインパクトも手伝って小ヒット。要は工場とダムばか
りの写真集なのですが、土建業が生み出す巨大建造物に対する「圧倒的じゃないか」という感情を
「萌え」と言い切ったのが素晴らしい。
 一般人はそうやってデッカイ建物を眺めて萌えているだけだからカワイイものですが、これが時の
権力者となると話が厄介になる。ヒトラーの第三帝国都市計画、スターリンのソヴィエト宮殿と玉葱型
ドームへの異常なこだわり、ムッソリーニのローマ改造、毛沢東の天安門広場など、どれもたががは
ずれたスケールだ。そこには彼らに取り入って自分のデザインを採用してもらおうとする建築家たち
の欲望も入り交じり、まさに「人間ドラマとしての建築」が浮かび上がってくる。詳しくは『夢と魅惑の全
体主義』、『巨大建築という欲望』を参照されたい。
 独裁者たちに比べれば小者感はあるものの、それでもやっぱりヘンテコ建築が大好きなのが新興
宗教の教祖たち。『新宗教と巨大建築』は「なぜ近代以降の宗教建築はいかがわしく不気味なのか」
という謎に迫るスリリングな一冊。
 そうそう、『「結婚式教会」の誕生』という本もありますよ。変ですよねー。最近のウェディング・チャペ
ルって。二人の愛がこの異形の建築を指向させるのかしらん?
 建築への欲望は今日も止まらない。 (太)
工場萌え 工場萌え ダム ダム
石井 哲 写真
大山 顕 文
萩原 雅紀 著
●東京書籍 
●111P 
●ISBN 9784487801633
●税込1,995円
●メディアファクトリー 
●1冊 
●ISBN 9784840118040
●税込1,680円
夢と魅惑の全体主義 夢と魅惑の全体主義 巨大建築という欲望 巨大建築という欲望
井上 章一 著 ディヤン・スジック 著
五十嵐 太郎 監修
東郷 えりか 訳
●文藝春秋 
●427P 
●ISBN 4166605267
●税込1,365円
●紀伊國屋書店 
●514P 
●ISBN 9784314010313
●税込3,990円
新編 新宗教と巨大建築 新編 新宗教と巨大建築 「結婚式教会」の誕生 「結婚式教会」の誕生
五十嵐 太郎 著 五十嵐 太郎 著
村瀬 良太 著
●筑摩書房 
●375P 
●ISBN 9784480090812
●税込1,260円
●春秋社 
●242P 
●ISBN 9784393332696
●税込1,995円

日本人総「キャラ」時代
 先日の自民党総選挙で麻生太郎氏は「キャラ」が立っていることで自己紹介にあてていた。しかし
選挙の結果は「キャラ」に対する自身の認識と周りの議員の認識との違いを浮き彫りにした。
 麻生氏が取り違えた「キャラ」とは、『キャラ化するニッポン』によれば、ある社会の構成員から決定
されるものであって自ら選択できるものではないらしい。また、人はその与えられた(決められた)「キ
ャラ」を演じ続けることでしか社会に存在できない、と説明する。
 さらに著者は、『シミュラークルとシミュレーション』(映画「マトリックス」にも影響したとされる)のな
かでボードリヤールが提唱したシミュラークルを使って「キャラ」を説明しようとする。本来オリジナル
のみが有するオーラの「キャラ」に付加した現代では、人々はそれにしか魅力を感じないという。
 それは、現実と仮想の区別がつかなくなった社会がケータイやインターネットによって「現実」のも
のとして現れた結果であり、近い将来「現実」と「仮想」がキャラを中心に逆転(交換される)する可能
性も示唆している。
 これは何もオタク文化圏の話ではない。あなたが与えられた「キャラ」の住む明日の世界の話で
ある。 (迫)
キャラ化するニッポン キャラ化するニッポン
相原 博之 著
●講談社 
●183P 
●ISBN 9784062879101
●税込735円

時代小説は群雄割拠
 いま、時代小説文庫がブームである。司馬、池波、藤沢のあとを、瞬く間に席捲し磐石の感があった
佐伯泰英。その佐伯先生、新刊の発刊ペースが鈍ったなと思ったらなんと、あまりのオーバーワーク
に春からダウンとのこと。
 それでは、この機にだれが佐伯先生の牙城を崩すのか?鳥羽か、上田か?否!伏兵風野真知男
が踊り出てきた。活躍の場が地味なだいわ文庫なので、みんな油断していた。で、これからは風野旋
風が吹き荒れるかというと、そうとは言いきれない。風野先生は高齢なので無理が効かないとのこと。
 それならば若手の鈴木英治に頑張りを期待したい。ところが鈴木先生、新婚で筆が鈍っているとか。
 個人的には荒崎一海を押したいが荒崎先生も新刊が出ない。時代小説は先生方のそれぞれの理
由で群雄割拠なのです。 (川)

だいすきがいっぱい
 女性の方ならば子供のころ大切にしていたぬいぐるみが一つぐらいはあったのではありませんか?
どこへ行くのも一緒、ご飯を食べさせ一緒に眠って。買ってもらったときはふわふわだったのに、いつ
しか毛玉だらけのボロボロに。それでも大好きで片時も離さず、母親を困らせます・・・。
 ここで紹介する『だいすきがいっぱい』は一匹のくまのぬいぐるみの視点から描かれた絵本です。
愛されることを知らず、触れられることが大嫌いなくまのぬいぐるみが一人の少女と出会い、「大好き」
の意味を知ります。
 話は心温まる内容なのですが、描かれているくまの表情がとてもリアルで、困った顔のくまに思わず
ニンマリしてしまいます。 (岩)
だいすきがいっぱい だいすきがいっぱい
ジリアン・シールズ ぶん ゲイリー・ブライズ え おびか ゆうこ やく
●主婦の友社 
●32P 
●ISBN 9784072568637 
●税込1,575円

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ご利用ください。
                                    

お知らせ
 11月23日に小松市で2店目の小松大領店がオープンします。 ※王様の本小松店のあとです。

ニナガワオセロー、来る。
 どうしても生で観たい。ここ数ヶ月、ひたすらそう思い続けている舞台がある。
 10月末にオーバードホールで上演される、彩の国シェイクスピア・シリーズ「オセロー」だ。
 「オセロー」といえば、シェイクスピア四大悲劇の一つ。これまで幾度となく上演されてきたこの作
品、今回芸術監督を務めるのは、演出家・蜷川幸雄だ。
 さらにこの舞台、その演技力に高い評価を得ている女優・蒼井優が、悲劇の妻・デズデモーナを
演じるのだ。映画「フラガール」「ハチミツとクローバー」などに出演、今夏は集英社文庫の表紙を
飾った。澄みきった独特の存在感は、人を惹きつけてやまない。同性の目から見ても、魅力的な女
性である。”世界のニナガワ”と蒼井優版デズデモーナ。うう、観たいよう。
 さて舞台鑑賞前には原作「オセロー」を、ぜひチェックしておきたいもの。個人的にお薦めは松岡
和子翻訳の『シェイクスピア全集13オセロー』。難解な言い回しがなく、注釈もついているので戯曲
初挑戦の方にも読みやすいのではないだろうか。 (小)
シェイクスピア全集  13  オセロー シェイクスピア全集13  オセロー
シェイクスピア 著 松岡 和子 訳
●筑摩書房 
●269P 
●ISBN 4480033130
●税込924円

犯人に
 どんなに成功した、あるいは成功途上にある作家でも、飛躍のきっかけになった作品があるはず
です。だとすれば、雫井脩介にとってはデビュー4作目の『犯人に告ぐ』がそれにあたるのは間違い
ありません(デビュー作から全部読んだので断言できます)。物語の入り方、そしてラストの締め方
まで、作者の力量の変化を強く感じました。そして、この作品に賭けた意気込みまでも。とにかくリア
ルな設定。巧みな人物描写。心に訴える感動、意外な展開などなど絶品の仕上がりになってます。
個人的に文庫や映画化になる前にもっと注目してほしい作品だったのですが。それにしても刑事も
のって、一向に廃れる様子がありませんね。やはり正義感が人々の胸を打つのでしょうか。 (矢)
犯人に告ぐ  上 犯人に告ぐ  上 犯人に告ぐ  下 犯人に告ぐ  下
雫井 脩介 著 雫井 脩介 著
●双葉社 
●326P 
●ISBN 9784575511550
●税込630円
●双葉社 
●344P 
●ISBN 9784575511567
●税込650円

受け入れること 〜『ホームレス中学生』〜
 芸人が小説を書いたのかな?どの棚に並べようかなとパラパラとページをめくったら、主人公の
名前=著者名だったので実話だと分かった。中学生がホームレス?
 母が病で亡くなり、お金がなくて、ある日突然家がとられた。父は蒸発。まだ中学生だった彼の
ホームレス生活が始まる。
 私が驚かされたのは、幼い彼がきちんと状況を受け入れたことだった。周りの支えがあったにし
ても、だ。「いま、ある、状況」を受け入れることは容易ではない。不運に出くわすと人のせいにした
り逃げ道を作ったりしてしまう。
 ところで本書には、もうひとつの受け入れるべきことが書かれている。それは、中学生がホーム
レスになるという状況が存在するという日本社会の現実だ。 (現)
ホームレス中学生 ホームレス中学生
田村 裕 著
●ワニブックス 
●191P 
●ISBN 9784847017377 
●税込1,365円

漢文の素養
 「中華人民共和国」の3分の2。教育テレビでちょっと前に放映していた「知るを楽しむ 歴史に好奇
心」の「日中二千年 漢字のつきあい」というシリーズの最終回のタイトルでした。
 何が3分の2かというと、中国の正式国名「中華人民共和国」の単語のうち中国でもともと使われて
いた単語は中華だけで、残りの人民、共和国は幕末・明治初期の日本人が西欧の思想を訳して作り
出した漢語なのです。日本人の作り出した漢語が本家の中国にこんなふうに影響を与えていたんだ
な、と興味深く思いました。
 『漢文の素養』はテレビシリーズのもとになった本です。卑弥呼の時代から日本人はどんな漢字と
つきあいをしてきたのか、日本文化の違った一面を垣間見ることができます。 (牧)
漢文の素養 漢文の素養  誰が日本文化をつくったのか?
加藤 徹 著
●光文社 
●240P 
●ISBN 4334033423 
●税込756円

まこという名の不思議顔の猫
 最近多いブログ発の本です。表紙の猫の顔が変だったので手にとりました。確かに猫なのですが
とても困ったような顔で前方を凝視しており、人間のような表情をしています。タイトルそのまま本当
に不思議な顔をしています。よくあるかわいい猫の写真集ではないようです。ページをめくると、この
まこという猫はとても表情豊かで、うれしそうだったり切なそうだったり、その姿にひきつけられます。
動物が表情豊かというのは人間との関係がうまくいっていて、とても愛されているからだと思います。
また、著者のコメントが写真に合っていて楽しめます(笑えます)。
 まこはとても愛されている猫なんだなぁと見ていると、本のオビにあるように少しだけ幸せな気持ち
をもらえます。 (京)
まこという名の不思議顔の猫 まこという名の不思議顔の猫
前田 敬子 著 岡 優太郎 著
●中央公論新社 
●112P 
●ISBN 9784123901635 
●税込1,575円

走老人!
 真夏日が例年以上に多かった9月が終わり秋らしくなるとともに、暑い時期には恒例の若い暴走
族の騒音の回数が減っていった。ちなみに、最近では中年暴走族もいるらしい。さすがに老人暴走
族はお目にかからないが、日常場面において暴走する老人が増えてきているという。
 日々の新聞の事件欄では10代から30代の加害者が引き起こした様々な事件が取り上げられて
いるが、それと同じくらいの件数で60代以上の老人が引き起こした事件も掲載されている。初老の
老人が隣人の子供をひき殺そうとする、コンビニで長時間の立ち読みを注意されチェーンソーを振
り回す、有名どころでは騒音おばさんを耳にしたことはあろう。やはり最近の老人は暴走しているの
か。
 そのような疑問が、実は疑問でなく現実であるということを共有できる本が出た。タイトルもずばり
『暴走老人!』。著者は芥川賞作家の藤原智美さん。やはり著者も新聞に掲載された事柄だけでな
く普段の日常生活の場面においても、逸脱した言動をとる老人に出くわした経験を持っていたことで
この本を執筆するきっかけになったという。
 老人は分別があり精神的にも落ち着いている、というのは最近においては必ずしも当てはまらず
その大きな要因としては、インターネットやサービス化社会によるコミュニケーションの変容といった
情報化への不適応であるとのこと。もちろん、著者も自分も、世の中すべての老人が暴走している
とは思っていない。老人とはそれまでの経験則をもとに、世の中から敬愛される存在であるのが普
通であろう。ところが現代日本がそのような形から遠ざかっていると感じさせられる一冊であった。
 (倉)
暴走老人! 暴走老人!
藤原 智美 著
●文藝春秋 
●214P 
●ISBN 9784163693705 
●税込1,050円

編集後記
 冒頭にのせた「建築に萌えるやつら」の稿にある『夢と魅惑の全体主義』は前に買ったけれど、読
みとおすことができなくて、投げ出していたもの。それが「萌え」をキーワードに手際よく紹介されて
いて脱帽。ということで、今回、私はかいていない。そのせいか、いくぶん若々しい内容となった。